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Kichi’s Universe吉の物語

Chapter 4

広間に一人で残された吉は、ぼんやりと暖炉を見つめました。吉はゆっくりと暖炉に近づき、しっぽで青い炎をつついてみました。

「不思議だなぁ、この炎は全然熱くないぞ」

 吉はしっぽを揺らしながらつぶやきました。

実際、吉のしっぽの毛は一本も焼けていません。

「冷たい暖炉の火なんて、何の役に立つっていうんだろう?」

吉はしっぽを揺らすのをやめて、与えられた課題の意味を考えようとしました。

「うーん...水不足...水...。星降る夜...シラー...言葉と力...。シラーというブドウは星となにか関係があるんだろうか?

それとも、水と関係してるのかな?長老が言っていたように、言葉を通してその関係を見つけることができるかも」

そう思いついた吉は、さっそく『古今東西キツネワイン醸造完全注釈集』を猛烈な勢いでめくり始めました。そしてシラーの起源、歴史、味の特徴、最もよく育つ場所など、シラーについてできる限りのことを調べました。吉は次第に、本の世界に入り込んでいきました。床に座り、顔をその分厚い本に埋めると、細いひげだけがかろうじてほんの横から覗くのでした。

 

ところが困ったことに、シラーについて書かれていたことを一通り全部読んでも、吉には答えをを見出すことはできませんでした。諦めて本を閉じようとしたその時、ふとある文章が目にとまりました。

『「シラー(Syraj)」アラビア語で「天空の灯火」「天空の灯火となる太陽」を意味する』

吉の耳がピンと立ち上がりました。

「SyrajとSyrah、よく似ているぞ。もしかして、この2つには何か関係があるんだろうか。」 

吉はなおも考えました。

「そう...もし逆だったらどうかな?もし、僕たちが星を眺めているのではなくて、星が地上を観察しているのだとしたら?

ブドウ畑を見つめる星たちは、シラー種のブドウの房を見てどう思うんだろう?地球の上に絨毯のように敷き詰められた、きれいなランプの集まりのように感じるんじゃないかな?星たちは、自分たちが鏡を見つめているのだと思うかもしれない。

もし、太陽や惑星ではなく星の光が、暗闇にその輝く指をこちらに伸ばそうとしているのだとしたら?」

吉の胸によぎった思いは、はっきりと形になっていきました。そう、間違いなくその答えは、スターリー・ナイトにあるにちがいありません。



その夜、もし空を見上げた人がいたなら、吉の姿を流れ星と見間違えたことでしょう。吉は今、明るい金色の光の球になって夜の空を舞っています。

背中を下にし、世界の天井を眺めながら飛んでいるのでした。金平糖のような星のかたまりが、幾重にも重なって浮かんでいます。細かい星のかたまりがくっついたり離れたりしている様子は、コーヒーに静かに注がれたクリームがゆっくりと混ざっていくようでした。吉は、星空を眺めてうっとりとしました。見つめれば見つめるほど、今にも爪の先で地球のはしっこを撫でることができそうな気がしてきます。そして、天の川の美しさと言ったら。

まるでコバルトブルーの絵の具で描かれた幻影のように、ターコイズブルーの陶器のひび割れを釉薬で修復するかのように、天空を駆け巡っているのです。吉は一瞬どこにいるかを忘れ、無限に続く天空の中に完全に溶け込んでしまったような気がしました。吉は目をこすりました。

「この星空を理解しなくちゃ。でも、一体何から始めたらいいんだろう?」

『言葉をよく読むのじゃ、行間までもな!』

長老の言葉が頭の中で鳴り響きました。そして、突然気がついたのです。

「星空...星...星座...そうだ、星座だ、きっとそういう意味に違いない!」 

吉は前足をもち上げ、星と星とを繋ぎ始めました。夜空を見上げながら飛んでいると、次々に星座が見つかります。

「あれは魚かな?もしかすると人魚かも。あれはイルカで、あっちは鯨かもしれない...いや、ちょっと違うかな。

待てよ、なんで水に関係する星座ばかり見つかるんだろう?他にも何千という星座があるっていうのに。」

天空の星座をたどる吉の姿は、まるでシスティーナ礼拝堂の天井画を描いているミケランジェロのようでした。


「なるほど、空のこの辺りは海ってことなんだな。水の生き物がたくさんいる空の海...まるで水族館みたいだ。まてよ、水族館はアクアリウムだから、アクエリアス、つまり水を運ぶ水瓶座と音がそっくりだ!そういうことか! 水瓶座は、少年が天空から壺の中の水を注いでいる様子を表しているんだっけ」

吉は水瓶座を見つけようと空に目を走らせました。

「あ、あそこだ、見えてきたぞ!」

吉は目を細めてそう言うと、突然飛ぶのを止めました。そして、星空をもっとよく見るために、ろうそくを大慌てで吹き消すように素早く自分の毛皮の光を消しました。

「答えは、水瓶座にあるはずなんだ。なんとかして水瓶座の壺の中の水を、アタバレスのブドウ畑に注いでもらわなくちゃならない。一体どうしたらいいんだろう?」

吉は考えながら、何度も星空を確かめて水瓶座の位置を覚えました。この星座はチリへ向かうための天空の道しるべなので、見失うことはできません。しかし、吉が心配していたのは、水瓶座の位置を覚えていられるかどうかではありませんでした。

空を照らし、水瓶座をかき消してしまう太陽こそが、最大の難関だったのです。そう、吉は太陽と競争しているのでした。

「もう時間がない」

吉はしっぽが見えなくなるくらい全速力で回し、体がちぎれてしまうかのようなスピードで海を渡りました。そうして何時間も空を飛び続けている内に、だんだん疲れてきてしまいました。吹き付ける風のせいで吉の鼻をカサカサ、ターコイズブルーの瞳もカピカピでした。。

「眠っちゃダメだ」

吉は自分に言い聞かせると、海面まで高度を下げました。海水で濡らした前足で顔をこすりながら、一度も尻尾を休めることなく飛び続けます。

「ブルブルッ!うわ、冷たい!よし、もうすぐだぞ....。目を閉じないようにしなくちゃ」

吉は同じことを何度も繰り返して、何とか眠ってしまわないようにしました。風を切りながら再び上空に向かうと、ついにアンデス山脈が見えてきました。ゴツゴツした岩だらけの山々が、まるで世界を地表に留めつけるかのようにどっしりとそびえています。

「思ったより高いな、もっと高度を上げなくちゃ。」

吉はそうつぶやくと、鼻先を少し高くして、ジャンボジェット機のように空高く舞い上がりました。運よく気流に乗ることができたので、風の流れに身を任せてしばらくしっぽを休ませることができました。しかし、太陽はもう吉の後ろ脚に届くくらいにまで迫ってきています。

「さあ、もっと早く、早く、早く!」

若さと希望を原動力にして、吉は力いっぱい飛び続けました。水瓶座がバラ色の明るい光に包まれたとき、吉はマリア・ピントに到着していました。

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