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Kichi’s Universe吉の物語

Chapter 3

広間には、吉と長老だけが残されました。吉はまだテレポートの方法を教わっておらず、早くできるようになりたくて仕方がありませんでした。長老は、まるで吉が考えていることを読み取ったかのように、温かい口調で言いました。

「もう少し待つのじゃ、吉。テレポートの魔法を使いこなすには、もっと修業を積まねばならぬ。その前に、しっぽを使って移動する方法を完璧に習得するのじゃぞ」

「はい、長老さま」

吉は自分の焦りを見透かされて、少し恥ずかしそうに答えました。

「まあ、経験に勝る師はなし、と言うくらいだから、きっとお前なら大丈夫じゃろう。さて、課題に挑む準備はできておるか?」

長老に尋ねられ、吉は礼儀正しくうなずきました。

「お前も知っておろうが、世界のいくつかの地域では深刻な水不足が起きており、多くのワイン生産者が苦しんでおる。人間界には何千というワイナリーがあり、みな同じような窮地に立たされておる。しかし、そのすべてに対して一斉に手を差し伸べることは不可能じゃ。中でも、チリのあるワイナリーが緊急の助けを必要としているのじゃ。彼らのワインに対する情熱は我々キツネ騎士団も知るところであり、すぐに対処せねばならぬ。どこかから始めなければならないとしたら、このチリのワインメーカーが最適じゃろう」

「わかりました、長老さま。そのワインメーカーの名前をご存知ですか?」

と吉は尋ねました。

「アタバレスという名字の兄妹じゃ。マリア・ピントにブドウ畑を持っておるのじゃが、そこは畑というより果樹園や花畑のある楽園のような場所だと言えよう。この兄妹は、真摯に技術改革に取り組み、この土地で最も美味しいシラーを作り上げたのじゃ。お前はシラーに詳しんじゃったな?」

長老が吉に聞きました。

「はい、長老さま。シラーは 『シラーズ』とも呼ばれ、世界で最も複雑な味わいのワインを生み出すブドウの一種です。

シラーから作られるワインは夜のように暗い色をしていて、オリーブ、革、コーヒー、カシス、そして特に心地よいスパイシーな風味があります」

「そのとおりじゃ。そして、『夜 』という言葉は特に注目に値する。アタバレス兄妹のワイナリーは 『スターリー・ナイト 』と呼ばれておるのじゃが、これは決して偶然ではないぞ。言葉には力と意味があるのじゃ。そして、われわれキツネはすべての細部に注意を払う。ワイン好きの習性じゃな。ハハッ!」

「長老さま、話がよく見えないのですが...。」

吉はおそるおそる言いました。 

「彼らが 『スターリー・ナイト 』と名乗ることは、もちろん詩的ではある。じゃが忘れてはならないのは、その名はすべてを凌駕しエンピレオを目指す至高の魂を語っているということじゃ。エンピレオについては知っておるか?」

長老が吉に問いかけました。

「いいえ、長老さま」

「お前はすでにエンピレオを知っておるぞ。なぜならエンピレオは、私たちがまさに今いるところだからじゃ、吉よ。つまりエンピレオとは天空の最も高いところ、火が青く燃える場所なのじゃ!」

 

長老の言葉を聞いて初めて、吉は巨大な暖炉が青い炎をあげているのに気づきました。

青い炎が存在するなど、すぐには理解しがたいことです。吉には自分の目で見て、耳で聞いたことをすべて吸収するための時間が必要でした。吉は、この秘密の場所を何と呼んだらいいのか、知りませんでした。何千キロも雲を抜け、異次元に渡ったことさえ知らなかったのです。自分が今、空飛ぶキツネでありワイン造りの見習いであるという事実すら、吉にとってはすでに理解の範囲を超えていました。長老は言葉を続けます。

「それゆえ、言葉に力があるとするならば、その答えはまさにそこにあるということじゃ」

「はい、長老さま」

吉は答えましたが、長老の言うことがきちんと理解できたかどうか自信はありませんでした。

「言葉をよく読むのじゃ、行間までもな。この本を参考にするといい」

長老はまたしても吉の心を見透かしたかのように言いました。長老は吉の考えていることを読み取ることができるに違いありません。長老から渡されたのは苔むした緑の分厚い本で、『古今東西キツネワイン醸造完全注釈集』というタイトルがつけられていました。

「これを隅々まで読んで研究し、役立てるのじゃ。今もこれからも、この本がお前のかけがえのない道しるべとなるじゃろう」

長老は軽くお辞儀をすると、サッと姿を消してしまいました。消える直前に長老が微笑んだのを、吉は見たような気がしました。それは優しく、心のこもった微笑みでした。

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